高度経済成長期に採用された熟練工の大量退職が進む製造業界。現場技能者約5600人を抱える川崎重工業も例外ではない。人手不足を補うため、定年延長制度をつくったり、06年から5年間で5千人の新規採用計画を立てたりしているものの、「10年で一人前」とされる技術の承継は時間との戦いでもある。
技術の「空洞化」をどう克服するか――。同社が03年に始めたのが「技能競技会」だ。大会長を務める岡本望・明石事務所長は「若手が競い合うことを通じて、社内に培われてきた技能やノウハウ、判断力を伝えようという狙いです」と話す。
7月に明石工場で開催した今年の競技会。出場したのは大半が20代の33人で、タイやフィリピンのグループ企業からも参加した。社員約50人が運営を支える。開会式では、選手代表が「職場代表としての誇りと日ごろ培った技能を胸に、精いっぱい競い合うことを誓います」と力強く宣誓した。
溶接・塗装・機械の3種目があり、ルールは事前に公表される。例えば、溶接は鉄とアルミの2部門があり、鉄溶接では40分以内に厚さ約3ミリの鉄板6枚を溶接して立方体を製作。アルミ溶接では2枚のアルミ板3組を、下向きや横向きなど別々の体勢で35分以内に溶接する。つなぎ目の確実さや美しさ、水に入れて空気が漏れないかなど、審査基準は厳しい。
アルミ溶接部門に出場した西川誠さん(20)は昨春に入社した。明石工場でオートバイのフレーム溶接を担当しており、職場での予選を勝ち抜いて参加資格を得た。仕事の合間や休日に100時間ほど練習を積んだという。
競技本番。両手に革手袋をはめ、右手に構えた溶接用トーチで、左手に持つ溶接棒を溶かしなら、アルミ板を慎重に接いでいく。「途中から手が震えてしまった。練習ではうまくいったのに」。成績は6人中で4位だった。
西川さんが尊敬する先輩が、溶接のライン長補佐をしている三古(さん・こ)英晴さん(33)。04年の優勝者だ。「電流の強さ、作業速度や姿勢など、全部の条件が合致して初めて、納得のいく溶接ができる。奥が深く、私も一人前になれていません」と三古さん。競技会には2回まで出場でき、西川さんは「来年こそリベンジします」と意欲を燃やす。
明石工場では昨春、若手の訓練施設「匠(たくみ)道場」を設置。航空機部品などの旋盤作業で約40年のキャリアを持つ小早川清一さん(58)が若手の作業を見守ってきた。
「何十年と続けていても100%の満足はない。大事なのはチャレンジ精神です」。技能者たちの飽くなき探求心が、日本のものづくりを支えている。(住田康人)
◆川崎重工業
1878年、実業家の川崎正蔵が東京で川崎築地造船所として創業、96年に神戸で川崎造船所を設立した。航空機、オートバイ、ロボットなど多様な製造部門を抱える。08年度の売上高は7714億円。従業員数は単体で1万人、平均年齢は41・9歳。本社は神戸市中央区。