「おばちゃん、昨日ホームラン打ったからね」。岡山市北区楢津にある関西の野球部専用グラウンド近くにあるお好み焼き店「夢や」。ユニホーム姿の藤田晃貴選手はドアを開けると、威勢良く店主の中島海子さん(70)に報告した。次々と選手が来店し、7席のカウンターは、あっと言う間に埋まる。店内にはソースの香ばしいにおいが充満し、笑顔でサービスのご飯をジャーからよそう選手たち。野球部が一日練習をする土、日曜や祝日の昼食時。「夢や」には、部員の声が響く。
「夢や」は1996年8月、中島さんが、夫・木之助さん(74)の使っていた会社事務所を改装してオープン。「近所の人が来てくれれば」と軽い気持ちで始めたが、いつの間にか野球部員が集まる場になった。
店を始めるまで、「ボールを打ったら、どっちに走るかも知らなかった」という中島さん。ユニホーム姿で来店し、お好み焼きや焼きそばを慌ただしく食べてグラウンドに戻る選手たちを見るうちに興味を持ち、グラウンドに行くようになった。そこで見たのは、店とは違う表情の選手たち。鋭いまなざしで投手と対峙(たいじ)する打者、泥にまみれながら白球に飛びつく内野手、歯を食いしばってダッシュを続ける選手……子どもたちの真剣な姿に夢中になった。
中島さんはルールを覚え、今では、県大会や中国大会など公式戦全試合の応援に駆け付ける。「すっかり関西の追っかけ。第二の人生をもらった気分」と笑顔を見せる。
一日練習の時は、必ずといっていいほど訪れる藤本貴大選手は「練習で気持ちがしんどくなっても、おばちゃんのいつもと同じ明るい声で午後の練習に取り組める」と話し、横木暉大選手も「いつも試合を見に来てくれる。チームの一員です」と口にする。
誕生日を迎えたり、試合で本塁打を打ったりした選手には、好きなメニューの一品をプレゼントする。「最近は、誰かがホームランを打ってくる。商売にならない」と、冬場のトレーニングで体が一回り大きくなった選手を見て笑う。
店内には、日本ハムに入団した宮本賢やダース・ローマシュ匡ら、関西出身プロ野球選手4人のサインが飾られている。「時間を見つけては、大人になった顔を見せてくれる。それがうれしいから、まだまだ店を閉められないよ」と目を細める。
大会4日目第1試合。関西は興南(沖縄)と対戦する。孫のような子どもたちがグラウンドを走り回る姿を見るのとともに、よく店に来ていた卒業生とアルプスで再会できるのが楽しみだ。「誰と会えるかな。鉄板も持って行こうか」。そう冗談を言う中島さん。甲子園開幕を待ちきれない。
(2010年3月17日 読売新聞)