◇消防士の死、教訓に
◇物質の位置や量…危険性把握、事業所にも利点
神戸市は火災に備え、建物内の危険情報などを事前に書面にまとめた「FDカード」の作製を事業所に求める条例を今月から施行した。昨年6月、同市東灘区の工場火災で消火活動中だった市消防局消防司令の速水力さん(当時31歳、2階級特進)が予想外の猛烈な煙と炎に巻き込まれて亡くなった悲劇を繰り返さないための全国初の取り組みで、事業所にもメリットは大きい。カードを活用した訓練を取材した。【吉川雄策】
先月3日、新日本石油神戸油槽所(同市須磨区)であった訓練は、瀬戸内海を震源とする地震が発生し、大型石油タンクの配管が壊れて出火したとの想定で実施。油槽所内の消防隊が初期消火に当たる一方、駆けつけた市消防局の隊員がFDカードを受け取って危険性を把握し、態勢を整えて消火した--との流れで行われた。
FDは「ファイヤ・ディフェンス」の略で、事業所内で取り扱う物質の位置や量、建物の構造や内装材などの危険情報などを記載。内容が変化すればすぐに更新して従業員に周知したうえ、火災などが発生した際には消防士に手渡す。同油槽所では、A4用紙3枚に石油タンク内の構造やガソリンの残量などを記載。油種によっては水をかけると爆発する場合もあることから、消防士はFDカードの情報を参考に、消防隊の配置や消火方法を細かく指揮した。
昨年6月1日に発生した工場火災では、「サンドイッチパネル」と呼ばれる断熱材が被害を拡大したとされる。全国に流通している断熱材で、外見は鉄板に見えるが、幅0・4ミリの鉄板の間に燃えやすい発泡樹脂を注入したもので、火災から時間がたつと付近に可燃性ガスが充満して発泡樹脂に引火、爆発的に延焼する。しかし、消防士はこうした危険性を現場で把握することは困難で、常に危険と隣り合わせだ。須磨消防署の岡本隆・消防第2係長(37)も「消火活動のために建物の中に入っても、区画が分からず、どこで何が燃えているのか分からないため、想像で動いているのが実情。FDカードを使えば安全で効率的な消火が可能だ」と期待を寄せる。
事業所によっても効果は大きい。同油槽所の多田健一所長は「FDカードを準備することでピンポイントの消火も不可能ではなく、結果的に被害を抑制できる」と話す。
阪神大震災では各地で出火し、消防士や消火用水が十分に確保できなかったが、FDカードの活用によって、災害時でも限られた人員や消火用水の効果的な消火活動は不可能ではない。
条例ではFDカード作製はあくまで努力規定で義務ではないが、西神工業団地の一部でも進められている。一人の消防士の死を無駄にしないためにも、事業所の協力が不可欠。神戸でFDカードが広がり、全国モデルとなることを期待したい。
〔神戸版〕